小さい頃、おかあさんに言われたことがあった。
「あの金網の向こうに行ってはだめよ。
あそこには、“ニンゲン”がいるの。
あそこにいった仲間は、
みんな帰ってこないのよ。」
今、そのフェンスの向こう側にいる。
餌を探して歩き回っているうちに、
気がついたら…。
『早くもどらなきゃ。』
そう思ったときには、もう遅くって。
「あ、カメだ!」
ニンゲンの子どもの声がして、私は網の中に…。
「これは、外来種のミシシッピアカミミガメだなぁ。
放してはいけないから、駆除しないと。」
「どうするんですか?」
「土に埋めるんですよ。」
もう少し、注意深く、用心すればよかった。
でも、もう、手遅れ…。
おかあさんはこのことを言ってたんだ。
あんなに、真剣な目をして…。
だけど。
今も、私は生きている。
「皆さんに、このカメを見てもらって、
外来種の問題の大事なことを知ってもらうというのはどうですかね。」
そういえば、そんなことを、ニンゲンの誰かが言っていた。
私は小さな水槽の中に入れられた。
体長20cmの私は、この中でぐるっと回ることしかできない。
水はあるけど、回りに土も草もないし、
餌の生き物もいない。
1日に1回、ニンゲンは、餌をくれた。
1日に1回、私の食べ残した餌や、糞や尿で汚れた水を替えてくれた。
1日に1回、私を水槽の外に出し、外を歩かせてくれた。
とはいっても、そこは壁で仕切られた中で、
やっぱり、土も草もないところだった。
たくさんのニンゲンが、私のところへ近寄ってきた。
小さな女の子が散歩をしている私のあとを、
「カメさん、待って。カメさん。」
といって、ずーっと、ついてきた。
「これ、ミドリガメっていうんだよ。
昔、ぼくも飼ってたよ。
お祭りの屋台ですくったんだよね。
小さいときはかわいいけど、
こんなに大きくなっちゃうし、
色も黒くなってグロテスクになっちゃうから、
近所の池に逃がしてやったんだよね。」
と言いながら、私が首を引っ込めるのがおもしろいのか、
何度も顔の前に指を突き出すニンゲンもいた。
どうも、私の水槽の上には、何か書いてある紙があるようで、
こんな子どもの声も聞こえてきた。
「どうして、このカメさんが悪いの。」
お母さんの声がしました。
「カメさんは、悪くないのよ。
うーん。人間が連れて来たからいけないのよね。」
お父さんの声がしました。
「でも、何十年も前からペットショップで売ってるけど、
そんなこと、誰も知らなかったんじゃないか?」
ある日のことでした。
ニンゲンが私のいる水槽を抱え、
鉄でできた体に、ゴムで出来た4つの足が付いた、
“クルマ”というものに乗せて、走り出しました。
このクルマは、揺れるし、胃が引っ張られるような感じがして、
気持ち悪くて、何度も吐いてしまったり。
私は、どうなるのかな…。
何時間かして、大きな建物の前で、
ニンゲンが、水槽の上から、私のほうを見て、言いました。
「いつか、必ず、面倒を見れなくなる日が来る。
それに、こんな小さな水槽で残りの一生を過ごさせることもできない。
前のところには帰せないし、
でも、土に埋めたりもしない。
ここは、前に住んでたところのように土も草もないけど、
ちゃんと泳げる水と歩き回れる砂場がある。
大勢の仲間がいるし、
食べ物もちゃんとある。
何より、何より、生きていられる。」
私の小さな頭の中にある、さらに小さな脳では、
何を言っているのか、さっぱりわからなかったけど。
でも、何となく、このニンゲンとは、きっと、もう会えないんだと思った。
今、私は、広い水槽の中を泳いでいる。
とはいっても、まわりはカメだらけで、
ひと掻きすると、ぶつかるのだけど…。
*****
この物語は、ちょこっと脚色されていますが、実際のお話です。
ここに出てくる、エサをやったりして世話をしていたニンゲンは、私のよく知る人物…。
私は、動物や植物など、生き物については、まったくの素人で、
難しいことは、あまり興味もなく、よく知りませんでした。
この世話をしていたニンゲンから、いろいろ話を聞いて、
そのおかげで、たくさんのことに気づけました。
だから、少しでも多くの人に、このことを、伝えよう、
ひとりでも気づいてくれたら、感じてくれたら、考えてくれたら、
そして、
まだ間に合う今のうちに、何かができたら、と思いました。
それが、ニンゲンのひとりである私に、今できること…。
「外来種」。最近、よく聞く言葉ですよね。
ミシシッピアカミミガメも、その外来種です。
日本に持ち込まれたのは、何十年も前とのこと。
ペットショップだけでなく、
お祭とか縁日の時に、露店で金魚すくいみたいに売られていますね。
「ミドリガメ」という名前なら、私も知っていました。
小さい頃は、体長5センチぐらいで、きれいいなグリーンで、
愛らしい姿かたちをしています。
でも、このカメは大きくなると、オスで体長20cm、メスで30cmにもなります。
甲羅の色も黒っぽくかわります。
淡水ガメは、世話も大変だと聞きました。
誰かがちゃんとかわいがって飼っている間は、大丈夫なんですよね。
でも、カメは長生きなんです。何十年も生きるんです。
ミシシッピアカミミガメは、生命力が強く、
生物学的見地から、ペットには適さない生き物だそうです。
だって、自分より長生きしちゃうかもしれないんですよ。
飼えなくなった時、殺処分には抵抗があるから、
「自然に帰してあげよう。」
と、近くの池に放してしまったり。
命の大切さを知っている人がする、当然の選択。
でも、それが間違ってたんですね。
自然界の調和を乱さないで、共生できる生き物もいます。
でも、餌となる生き物を食い荒らして、その生き物を絶滅させてしまったり、
その生き物を餌とする生き物が生きていけなくしてしまう生き物もいます。
そして、中には繁殖力が高く、その数がどんどん増えてしまうものがいます。
ミシシッピアカミミガメは、まさに、そういう生き物なんです。
本来の日本の生態系にはいないはずの生き物。
そうして、自然に大量に放されたミシシッピアカミミガメは、
生命力も強く、さらにどんどん増えてしまって、
今では、どこの池や川にもいる生き物になってしまったようです。
日本にもともといた「ニホンイシガメ」は、
絶滅してしまうのではないか、と危惧されているそうです。
何十年も昔には、そんなこと誰も知らなかったんです。
だから、仕方がなかったし、誰も責められないと思います。
もし、このカメが、海を泳いで、
それとも、空を飛ぶとか、
自分の力で日本にやって来た、というのなら、
その結果で起きることは、自然界のルールの中で起きたこと。
でも、これは間違いなく、ニンゲンがしたこと。
私は、ニンゲンって、なんて罪深い生き物なんだろう、と
あらためて思ったのでした。
以前に、ドードーのドドドを制作しました。
その時にも、感じたこと。
はるか昔に、ドードーを絶滅させてしまったニンゲンの時代と、
ニンゲンは何もかわってないのかもしれません。
生き物に対するニンゲンの関与の仕方こそ異なりますが、
結果的に、やはりニンゲンのエゴによって、
自然の力ではおきるはずもない状態に、自然を変化させていることは、
同じなのかもしれません。
生物や環境の問題については、私は専門家ではないので、
いろいろと踏み込んで書くことは、自信がありません。
でも、私が伝えることで、誰かのアンテナにひっかかって、
もっと知ろうとする人がひとりでも増えてくれたら…。
正しいこと、真実を、知ることができたら、
これ以上、ニンゲンも罪を犯さないですむかもしれません。
そんなことを思いながら、このカメの“カメパラダイス”移住計画を支援しました。
捕獲してしまった以上、森へは戻せないし、
土に埋めることもできないから、世話をし続けたものの、
劣悪な環境で過ごす、このカメが不憫でならず、
心を痛めていた優しいニンゲン。
そんな時に、まさにピンポイントな、この研究施設の記事を見つけて、
「必要なことは必要な時にちゃんとやってくる」
のだと、あらためて思いました。
ミシシッピアカミミガメを殺処分するのではなく、
飼育して、日本固有のカメとの共生や不妊化を研究するという日本初の施設です。
飼育できるカメの数は、3千匹とのことで、日本中にいるミシシッピアカミミガメの数には、
とても足りないのはわかっています。
ペットショップでは、現に、今も「ミドリガメ」が売られていますし…。
でも、何もしないでいたら、どんどん時計の針は進んでしまいます。
その保護と研究によって、カメたちの、今と未来の命が守られるかもしれません。
この施設の勇気と行動に敬意を払いたいと思います。
ちょっと遠くて、名古屋のカメでもいいのかなぁ、と、思ったのですが、
快く移住させてくれました。
本当にこの選択でよかったのか、それは誰にもわかりません。
地球の一構成員でしかないニンゲンが、ニンゲンとしての役割を果たすためにも、
カメたちの研究を進めてほしいと願っています。
須磨海浜水族園 淡水ガメ保護研究施設「亀楽園」さま
ありがとうございました。
“カメパラダイス”と、カメたちの研究の行く末を、見守っています。
*****
というわけで、みなさまお久しぶりです。
久々の更新で、なぜか、本物のカメが登場し、少々、真面目な話題でございました。
長い、長い、この記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
あなたの心に、何かが響いたのなら、幸いです。
あみぐるみ作家として、動物などを制作しているためか、
やたらと、動物が身近に現れて、何かを訴えているような気がします…。
(気のせい?)
環境問題などを前面に押し出して、活動していくほどの知識もパワーもありませんが、
ひとりのニンゲンとして、自分にできることはやろう、と思ったりしています。
お話のミシシッピアカミミガメは、“しっぴ”と呼んでいました。
(私が世話をしていたわけではないのですが…。)
カメパラダイスに行った“しっぴ”にお願いして、
このコに少しだけ心を分けてもらいました。
そんなわけで、今、“しっぴ”は、maamの森のけいと池にも住んでいます。
「しっぴ、ここなら安心だからね。好きなだけ遊んでいいわよ♪」